術前貯血式自己血輸血の実際について        もとへもどる

鹿児島大学医学部附属病院輸血部、看護部 

小浜浩介、下野治子、丸山芳一、渡辺紘子、納光弘

 

はじめに

自己血輸血は同種血(他人血)の副作用(別項)が注目されるにつれ、それを防ぐ方法として近年普及してきました。しかしながらその歴史は古く、1800年代後半から婦人科等で、手術時腹腔に出た血液を回収して使う試みが行われていたようです(1)。1901年の血液型(ABO型)の発見と血液供給体制の整備により、輸血は同種血輸血へ移行していきました。これは手術成績の飛躍的な向上をもたらしたと考えられますが、同時に輸血に伴う副作用が次々と明らかになり、再び自己血に注目が集まるようになってきています。欧米ではすでに1990年頃には輸血の50%以上が自己血に置き換えられていたようですが、日本では1990年代になりようやく取り組みが本格化しつつあるという状態です。

 一般に自己血輸血といっても大きく3つに分けられ、回収式は術中に術野の血液を回収して輸血する方法であり、稀釈式は術場で手術直前に補液を行いながら貯血し、輸血製剤として使う方法です。そして術前貯血式は手術時の同種血輸血の代わりに、手術数週間前からあらかじめ採血しておいた自分の血液を使うという方法です。この術前貯血式の自己血は急を要さない待期的手術においては是非とも準備すべきもので、整形外科や心臓外科等が特に良い適応になります。この項では現在の主流であり、ベッドサイドで計画的に取り組むべき術前貯血式自己血輸血療法について、鹿児島大学医学部附属病院輸血部における現状を中心にその実際と注意点を述べます。

1、術前貯血式自己血輸血療法の原理(2)

 手術時、出血に対して問題になってくるのは通常赤血球のみであり、自己血も赤血球の補充を目的としたものです。成人の赤血球造血能は全血換算で1日30〜40ml位ですが、脱血刺激等により最大5〜6倍にまで亢進します。脱血を行う毎に造血能は亢進していくために、心臓外科の患者さんにおいては週1回づつ計5回の貯血で合計2000ml以上もの貯血が可能となるわけです。この造血能は個人差もあり、基礎疾患の影響や年令の影響もあります(3)(4)。最近は腎不全に伴う貧血に使用されているエリスロポエチンが自己血貯血時に適応となったため、貧血があったり進行したりする人達の貯血もやりやすくなってきています。

2、術前貯血式自己血輸血療法の実際

 使用する採血バックには大きく分けて有効保存期間21日のCPD加バックと、有効保存期間42日間のMAP加バックがあります。CPD加バックは採血し冷蔵庫に入れておくだけであり、簡便なことから、分離器や新鮮凍結血漿を保管する設備を持たない施設でも容易に導入可能です。一方MAP加バックは保存期間が長い利点を有していますが、遠心、分離、血漿成分の凍結保存の手間がかかり、遠心器も必要となることから、導入はこれらに対応できる施設に限られます。以下等輸血部での実際を紹介します。

 採血はできるだけ太い前腕皮静脈を捜し、同部を消毒用アルコール綿、ついでイソジンで消毒、乾燥させ大人の場合18Gの翼状針を使って穿刺します。針付きの採血バックもありますが、針が16G〜17Gとかなり太く、後の補液ルートとしても使いにくいことから、我々は3方活栓と翼状針を接続できる凸式コネクターのついた採血バックを使用し、専用のはかり(自動的に抗凝固剤と血液を振盪混和しながら陰圧をかけて採血し、規定量で自動的にクランプし終了する)を使って採取します。採取後は補液(実際には200ml程度)、鉄剤の点滴を行い、不足する場合は鉄剤の内服も行います。原則的に循環血液量の10%前後を1回脱血量とし、週1回程度のペースで貯血を行います。貯血期間が21日を越える場合はMAP加バックを使用するか、戻し輸血を行います。戻し貯血とは手術までに貯血期間が過ぎてしまう自己血を戻しながら、同時に対側の腕から等量ないしはその倍量の貯血を行うもので、期限切れに近い血液を廃棄することなく新しい血液を準備していくことができます。

 自己血の保存には充分に注意を払う必要があります。可能な限り、温度記録装置や警報ブザーのついた専用冷蔵庫を設置することが望ましいと考えられます。また検体の取り違えは許されない事故であり、当輸血部では採血時に充分な注意を払うと共に、出庫時にも最低限のチェックとして全製剤の血液型適合性の再確認を行っています。

 自己血貯血自体は技術的にはそれほど難しいものではありませんが、その責任は重大です。ルート確保の問題、脱血に伴う副作用の問題、バック取り違いの問題、細菌混入の問題、貯血の際の凝血の問題、保管管理の問題などがあり、少なくともこれらの問題に精通した責任者の管理下で行われるべきであり、大病院では専門の輸血管理部門で一元的に行うことが望ましいと考えます。

3、個々の貯血をスムーズに、かつ安全に行うための留意点

 当輸血部では年間延べ約2000人の患者さんの貯血を行っており、診療科は外科、心臓外科、整形外科、産婦人科、脳外科、泌尿器科、耳鼻科等で、年令は4才〜80才と幅があります。これらの患者さんの貯血をスムーズに安全に行うためには、患者さんの不安を除き、充分な理解を得ることに始まり、副作用の予防や早期発見に努めることが必要となってきます。ここではまず貯血に際し起こりうる合併症とその対処法について説明し、次に貯血前から終了後に至るまでの間、看護婦が実際に行うこと、留意すべきことについて説明します。

 貯血に伴う合併症としてもっとも重要なのは血管迷走神経反射(VVR)で、一般に脱血速度が速いほど生じやすくなります。穿刺に伴う痛み、不安、空腹、不眠、消化管検査後、高度の心不全等もVVR発症の誘因として挙げられます。患者さんが病人であることを考え、当輸血部では18〜19Gとやや細い翼状針を使っていますが、やはり時にVVRの発症は避けられません。症状としては気分不快、あくび、冷感、嘔気、顔面蒼白、徐脈、血圧低下、意識消失、失禁、痙攣等があります(表3)。処置としてはショック体位をとらせ、採血を中止し、補液を行います。度以上の場合、硫酸アトロピンの静注を。度以上の場合昇圧剤の点滴を行います。

 その他の副作用として不均衡症候群(急な脱血に伴う血管内外の浸透圧の不均衡によるもので、倦怠感などを呈する、補液で対応)、クエン酸中毒(大量の戻し輸血時)、穿刺針による末梢神経障害、血腫形成等があります。

 次に貯血に当たる上での看護上の留意点を施行前、中、後に分けて述べます。

1)施行前の看護

採血室の環境を整えます。テレビをONにし(小学生低学年以下にはアニメビデオを使用すると気が紛れるようです)、室温調整を行います。初めて貯血を行う患者には患者情報を聞きながら貯血の目的、方法を説明します。脱血に対する血圧低下、VVRを予防し、リラックスした気分で受けられるように安楽な体位(専用のベッドで坐位より30〜45度ヘッドダウン)をとらせます。小児には21G針を準備し、場合によっては局所麻酔テープを使用することもあります。

2)施行中の看護

患者の一般状態を観察しながら痛みの有無を確認します。脱血が的確に進行しているか、また血液を凝固させないように振盪器が作働しているか確認します。ときどき声をかけながら一般状態を確認し、気分不良がないことを確かめます。穿刺部、採取検体に充分な清潔上の注意を払うことは言うまでもありません。

3)施行後の看護

抜針後は圧迫を行い、確実な止血を行います。ベッドを起こして帰しますが、穿刺針が太いため抜針後3分間は圧迫止血をするように説明します。採血後は過激な運動は避け、比較的安静を保ち、鉄剤の内服を確実に行うように説明します。帰室あるいは帰宅してから合併症が出現した場合には(大部分は不均衡症候群)医師へ相談するように説明します。

 以上が貯血にあたる上での看護上の留意点です。貯血を行う場合特に副作用に対する知識を予め持っておき、その早期発見に努め、対応できる準備をしておくことが重要です(詳しくは鹿児島自己血輸血療法研究会編集、貯血式自己血輸血マニュアルを参照して下さい)。

4、新しい自己血療法として

 自己血輸血療法に関連して注目すべきこととして自己末梢血幹細胞移植があります。悪性疾患の患者さんに成分分離装置を用い、自己末梢血幹細胞を採取しておき超大量の化学療法施行後に輸注するもので、自家骨髄移植と同様の治療であり、現在広く行われています。また術中の止血のために自己血漿から自己フィブリン糊を作ることも可能で、鹿児島大学では積極的に作製、使用しています。すこし煩雑になるため詳細は省略しますが、自己血の普及と同時にこれらの先進的な治療法のより積極的な展開が期待されます。

5、今後の普及のために

以上自己血輸血療法の概要を述べました。自己血輸血療法は普及しつつあるものの、まだまだ理想にはほど遠い状態と考えられます。少し古いデータですが1996年9月の日本輸血学会秋期シンポジウムによると全国の厚生省管轄下の国立病院88施設におけるアンケート結果からは輸血関連業務を一貫した体制で行う輸血管理室を設置しているのは7施設のみ、自己血輸血を行っている施設は54施設(46施設は整形外科で施行しており、26施設は整形外科のみ施行、輸血管理室で行っているのは1施設のみ)という現状がありました(5)。厚生省の輸血療法の適正化に関するガイドラインにはほど遠く、輸血部門及び輸血療法委員会の設置率がきわめて低いという施設側の対応の遅れが普及を阻む大きな理由のひとつであり、同時に現場の意識の低さも原因と考えられます。輸血に対するインフォームドコンセントが重視されるようになってきており、エイズ問題などから患者サイドの意識も高まってきています。輸血には多くの副作用が伴うこと、自己血によりその多くを予防できることをすべての診療にあたるスタッフが充分に理解し、手術適応の患者には可能な限り早期から貯血を行うべく対応することは病院の義務であることを認識すべきでしょう。              

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参考文献

1) 高折益彦;自己血輸血、克誠堂出版株式会社

2) 鹿児島自己血輸血療法研究会編集;貯血式自己血輸血マニュアル、医歯薬出版株式会社

3) 小浜浩介他;小児術前貯血式自己血輸血の特徴と問題点について;自己血輸血 第11巻1号;99-95、1998

4) 折田悟他;赤血球造血能と加齢、Medical Postgraduates Vol 35 No1,57-63, 1997

5) 日本輸血学会雑誌抄録集42巻4号、1996